AOTS海外労働関係情報メールマガジン 第100号~第101号

Contents

    1.第4次産業革命によってもたらされる新技術がフィリピンの企業の競争環境及び労働市場に与える影響
    2.第4次産業革命の到来に対応するためのフィリピン国内・ASEAN地域内での活動

1. 第4次産業革命によってもたらされる新技術がフィリピンの企業の競争環境及び労働市場に与える影響

国際労働機関(ILO)の調査(ASEAN in Transformation: How Technology is Changing Jobs and Enterprises, 2016)では、主要アジア諸国のビジネス状況を根本的に変える三大技術予想として、自動化とロボット技術、3D印刷、クラウド連携をあげている。例えば、自動化とロボット技術は、自動車、エレクトロニクスおよび繊維産業において、低コストで高い生産性と生産量を実現するとともに、不良品の数を大きく削減する。3D印刷は、新しいボディースキャニング技術と組合せることにより、繊維・衣料・履物等の産業におけるデザインの精度を高めることができる。

高いスキルを必要としない労働者の典型的な日常業務は、これらの技術で代替可能であり、こうした技術の導入によって高いスキルを有しない労働者が失業しやすくなることに注意しなければならない。ILOの同調査によれば、電子産業におけるフィリピン人労働者の81%以上が、自動化技術の導入によって解雇されるリスクが高い。ILOはさらに、繊維・衣料・履物産業では、主として女性が代替可能な業務に従事しているため、女性の方が解雇されやすいことを指摘している。

しかし、フィリピンにとって最も重要なのは、ビジネスプロセス・アウトソーシング(BPO)産業への第4次産業革命の影響である。自動化、特にロボットによる工程自動化は、業務を迅速に行い、経験を学習し、進化していくので、BPO産業における雇用が大打撃を受けると予測されている。自動化ロボットは昼夜問わず働くことができ、エラーを起こしにくい。それに加え、自動化ロボットを導入することで、BPO産業の課題である高い離職率に対処することもできる。フィリピンでは、全国で120万人がBPO産業に従事しており、89%以上が自動化によって職を失う可能性がある。 

フィリピン経営者連盟(ECOP)は、第4次産業革命によってもたらされる変化が、特に以下の領域において、使用者・労働者間の関係に影響を与え、労使を含めたさらなる社会的対話が必要であると予測している。

(1) 社会保障制度

新たな技術の導入により多くの労働者が職を失う可能性がある。フィリピンには失業保険に相当する制度はない。失業保険は議論が続いている問題であり、特にその財源をどのように確保するかが議論の的となっている。 

さらに、フリーランスや配車サービス運転手のように「独立自営業者」として働く新形態の労働者は、現在は社会保障制度に加入義務がない。平等な保護が保証されるべきだが、現行法は新しい労働形態に対応出来ていない。

(2) 賃金

特に独立して契約ベースで働く労働者については、賃金の問題も発生してくる。彼らの労働に対しては、最低賃金が保障されておらず、どのように最低賃金を確保するかが課題である。

(3) 労働安全衛生

労働者のモビリティが高まり、正社員でさえ、もはや事務所等の特定の就業場所で働くとは限らない。そのような環境の中、政府や使用者はどうすれば労働者の健康・安全を保障できるだろうか。デジタル化が進み、デジタル機器を長時間使用することによる弊害から労働者を守る新しい労働安全衛生基準も必要でだが、新しく施行された労働安全衛生法は、多様な働き方をする労働者をまだ直接の対象としていない。

(4) 移住

第4次産業革命は国家間の垣根を低くし、新たな不平等をもたらした。第4次産業革命の恩恵を最大限に受けることのできる国はさらに経済発展することが見込まれ、そうした国への移住が増加するだろう。技術革新が進むことによって職を失う労働者が増えれば、移住は今後さらに増大すると予想できる。 しかし、現在のASEAN内では、中~低程度のスキルを持つ労働者が主として移動しているが、彼らは第4次産業革命により生まれるような新しい仕事に対応できる技術を有していない。

(5) スキルの開発

最も重要なのは、労働者のスキル開発である。特にエンジニア、データ分析、情報技術分野でのスキルが必要となってくる。とはいえ、リーダーシップやEQ(感情知能)といったソフトスキルの必要性が減ったわけではない。「トランスフォメーショナル・コーチ」のような、従来の傾聴的コーチングとは異なる介入を重視する新しいコーチング手法は、今後も必要とされるだろう。

ある種の職が消滅し、他に新たな職が生まれる、その中である種のスキルは消滅していくことは避けられない。例えば製造業では、ルーティンワークがなくなっていく一方、新たな機器システムを管理するための計画立案者やエンジニアが今以上に必要になるだろう。

産業界でどのようなスキルが必要とされるか検討し、それに対応するための適切な研修を提供することも重要である。スキルのニーズや需要を適切に予測し、決定し、対応するには、政府、使用者、労働者の間の対話・継続的な連携が必要である。

2. 第4次産業革命の到来に対応するためのフィリピン国内・ASEAN地域内での活動

ECOP(フィリピン経営者連盟)は、第4次産業革命の到来において、使用者とビジネスセクター全体が極めて重要な役割を果たすことを認識している。

ECOPは第4次産業革命がもたらす大規模な変化に対処できる力の醸成を目的とし、「職場問題における事業事例(BCWI)」セミナーを2016年に4回にわたって実施した。

4回のBCWI セッションは、「仕事の未来」の多様な側面に焦点をあて、次のトピックで行った。

•    ビジネスと労働の未来
•    新しい勤務体系
•    タイガーエコノミー(急速な経済発展を遂げる国・地域)の中で必要とされる人材
•    ダイバーシティとインクルージョン:差別への対処

参加企業は、IBMフィリピン、マニラ電力 (MERALCO)、およびSGSフィリピンなどで、新しいテクノロジーをビジネスプロセスに比較的先行して取り込んでいる大企業が主である。これら大企業が他の企業と情報やコツを共有できるようになった。

またECOPは、企業に対し、スタッフ育成に投資し従業員のスキルの向上・再教育の負担受け入れるよう呼びかけている。そのため、ECOPでは従来は労働法の順守に関しての研修プログラムのみ提供していたが、カスタマーエンゲージメントやプロジェクト管理、EQ(感情知能)、労働倫理等を取り入れ研修ラインナップを拡大した。 

最後に、ECOPは、第4次産業革命がもたらす問題の解決のため、政策立案者や政府機関の諮問委員会やワークショップに参加し、積極的なロビー活動を行っている。「2018 – 2022年フィリピン国家技術教育技能開発計画」のため技術教育技能開発庁が行う協議にも参加している。同計画の趣旨は、フィリピンの労働力を第4次産業革命がもたらす変化へ対応できるよう準備することである。

フィリピンのみならず他ASEAN諸国の使用者にとっても、第4次産業革命のもたらす変化への対応は重要な課題である。2016年「ASEAN使用者連盟(ACE)戦略計画」ワークショップで労働者のスキル開発が最優先との合意を得たのは、経済発展には労働者のスキル向上が重要であると認識されたからである。ACEは、スキル開発方針を使用者団体が主導して立案すべきであると考えている。使用者団体はメンバーのネットワークを通じて、スキルの需要の評価を適切に行うことができるからである。ACEメンバーは全団体が、各国でスキル開発の提唱やロビー活動に積極的であり、教育関連の政府機関に参画している。ACEメンバーは少数だが、各国における産業界主導による教育機関との提携を先頭に立って推進している。

さらにACE事務局としてECOPは、東南アジアにおける労働者のスキル開発に寄与すべく、「ASEANの使用者:労働者のエンパワーメント・スキル向上」というテーマのもと地域会議をマニラで2018年4月20日開催した。同会議では、東南アジアの使用者やビジネスリーダーが、ASEANアジェンダにおける現行のスキル開発の現状を評価し、国家や地域レベルでスキルに対応する政策や規制を確実にするための議論を重ね、スキル開発のベストプラクティスを共有した。これにより、ASEANビジネスコミュニティー内での協力・協働・相乗効果を育む場としての役割を果たした。会議のハイライトはスキル開発に関するACE枠組みの発表であり、以後マニラ宣言と呼ばれている。同宣言は、スキル開発についてのACEの公式見解として、ACE理事会承認を受けたのち採択された。