AOTS海外労働関係情報メールマガジン 第102号~第104号

Contents

    1.インドのグローバル化及び新技術活用の現状
    2.新技術がインドの労働市場に、特にオフショア産業の労働に与える影響と、諸外国で働くインド人が直面する労働環境の急激な変化
    3.労働者のスキル開発と新技術のもたらす変化に対応するためのインドの使用者団体(EO)の役割

1. インドのグローバル化及び新技術活用の現状

グローバル化とは、資本、技術及び人的資源などにおいて、各国が関与するプロセスであり、原因、過程、結果は広範にわたる。インドは、西暦が始まる頃には、世界のGDPの32.9%および世界の人口の17% を占める世界最大の経済規模を誇った。インドの生産物は、長く世界各地に輸出されており、グローバル化の概念はインドにとって目新しいものではない。

インドは、2015年時点で世界貿易の2.7%を占めているが、インド経済がグローバル化した1991年時点では約1%であった。グローバル化以前のインドは自国経済保護のため、国際市場から大きく孤立していた。外国貿易は高額な輸入関税や数量制限の対象であり、外国直接投資(FDI)は出資比率上限値、輸入許可および輸入割当制度等の制約を受けていた。技術移転、輸出義務や政府の許認可においても制約があった。こうした制約の結果、インドのFDIは、1991年から1995年の間平均2億ドル以下であった。これに対し、2016年から2017年には600億ドルになった。同様に、1991年から1992年のインドの外国貿易は5.85億ドルであったが、2016年から2017年には6,600億ドルに急上昇した。インドの外貨準備高は、1991年に11億ドルまで減ったが、今日では4,000億ドルに増加し、インドの国家予算規模は19倍に成長した。インドは1991年から2016年の間、6~7%の平均成長率を維持している。

インドはWTOの設立メンバーであり、開発途上国を代弁して大きな役割を果たすとともに、農業、環境の補助金や他の非関税障壁問題を提起している。

技術移転およびIndustry 4.0に代表されるIT、AIおよびRPA等の従来の枠組みを覆す技術の開発がグローバル化を推進してきた。21世紀の最初の10年間、グローバル化と技術はよき仲間として一緒に進んでいた。2010年以降は、技術がグローバル化の歩みを追い越し、自動化や機械学習等のグローバル化の進行を減速させるツールも提供すると予測されている。

一方、技術は、グローバル化や国際貿易の主要障害物(貿易障壁、輸送コスト、情報伝達等)の克服に貢献し、市場に変化をもたらした。技術のおかげで、世界中のソフトウェアの専門家はネットワーク上で協力して働くことが可能になった。技術の進歩は、グローバル市場の創出と成長に大きな恩恵を与えている。多国籍企業は、技術の進歩を資金面からも後押しし、グローバル化の中心的な役割を担っていると言うことができる。多国籍企業はFDIをもたらし、同時に受入国のイノベーションを推し進める。技術がFDIを円滑化する場合もある。例えば、インドのFDI 政策では、最新技術を導入していれば防衛産業等では49%以上のFDIを認め、小売産業では最新技術を用いていれば国内調達条項が3年間適用除外される。

2. 新技術がインドの労働市場に、特にオフショア産業の労働に与える影響と、諸外国で働くインド人が直面する労働環境の急激な変化

(1) 新技術と労働市場への影響

新技術は製品設計、製造及び生産性を改善し、製造業のルネッサンスと呼ばれる現象をもたらす。先進国は、従来型の製造業のオフショア操業地点で平均賃金が年間15%から20%上昇すると、新技術の導入を考える。これは、オフショア生産拠点国が有するコスト優位性がなくなることを意味する。

ドイツ連邦統計局による最近の調査によると、革新的な技術の導入によって、生産性が加工コスト比で15%から20%まで改善されることが示されている。生産性の向上によって、今後5年間で、従来低コストとされていたオフショア生産拠点国における操業が、本国における生産とコスト的に変わらなくなることが予測されている。2010年から2015年の間に米国にリショア(国内回帰)された仕事は12万4,852人分であり、818社であった。米国にリショアされた仕事のうち55%はインドからのリショアである。

インドはその豊富かつ低コストの労働力を背景に、今後2~3年間は製造業のオフショア生産拠点の地位を維持できるだろう。しかし、同時に先進国における技術革新の影響を受けやすいとも言える。

インドはサービスのオフショア拠点としても55%の市場占有率を占めており、技術革新の波はオフショア・サービス業界にも押し寄せている。ロボットによるプロセス自動化(RPA)、人工知能(AI)、機械学習およびモノのインターネット(loT)といった新技術は、インドのIT企業のビジネスモジュールに明らかに影響を及ぼしている。

AIおよびRPAは、各種分野に進出し、ビジネスモデルおよび市場に影響を与えている。医療分野では、診断プロセスを簡略化かつ向上させ、診断にかかる費用を削減した。RPAは繰り返し作業が多い事業に応用され、時間・コスト節約し、必要なマンパワーを削減した。教育・金融・製造の分野では、AIとRPAはワークフローに組み込まれている。これら最先端技術は有用であることは証明されているものの、労働力の削減と倫理基準の侵害が最大の懸念事項である。

先進国市場の企業が新技術を採用すると、インドでは将来の国内雇用が影響を受ける。ソフトウェアサービスのオフショア企業は、新たに出現しつつあるマーケットに向けて、新しいビジネスモデルの構築や能力開発に取り組む必要がある。

(2) 労働環境の急激な変化

労働力需要が世界的に伸び悩む理由としては、新技術や労働コストのほかに、地域・地理的・経済的・政治的な背景もある。

<中東>
中東におけるインド人の雇用は2016年には前年比で33%低下したが、昨年はサウジアラビアだけで50%減少した。世界銀行の予測によると、中東諸国からインドへの送金も2016年に8.9%低下し、2年連続減少した。中東市場におけるインド人労働力への需要縮小には次の理由がある。

-サウジアラビアおよびUAE等における国内労働者優先方針(サウダイゼーションおよびエミラタイゼーション)

-石油価格の低下によるインフラおよび産業プロジェクトの減速

<先進国>
先進国の一部でビザ規則の変更があり、これらの国々で働こうとしているインド人に影響が生まれる。

-アメリカではIT産業に従事するインド人への特殊技能職向け(H-1B)ビザ発行数は、現在の86%から60%に低下すると予測されている。求人案件で最低賃金を6万ドルから10万ドルに上げる提案があり、インド人労働者の雇用が企業にとって不経済となることが予想される。

-オーストラリアは、国民の雇用を優先するため、従来の長期就労ビザ(サブクラス457ビザ)を廃止、新たに要件を厳しくしたビザを導入した。インド人は、457ビザ保持者の三分の一近くを占めている。ニュージーランドでも同様に国民の雇用を優先する政策を打ち出している。

-英国では、2016年1月から11月には、外国専門職労働者用ビザ受給者の約60%をインド人が占めたが、雇用外国人の給与基準値を上げて入国規則を厳しくした。インド人学生に対しては就業による滞在延期を困難にする手続きも開始されている。

-シンガポールは、上昇志向のインド中産階級に人気がある国であるが、同国政府は企業に欠員が生じた場合、海外求職者を求める前に国内で二週間募集することを企業に命じている。

上記を受け、インド国内において以下の影響が出た。

-国内雇用に対し労働力が余り、給与水準が下がった。

-インドへの送金が減少し、ケララ、ウッタル・プラデーシュ、ビハールおよびパンジャブ等の州では現地の購買力が影響を受けた。結果、需要が増加すれば創出されるはずの雇用が創出されなかった。

3. 労働者のスキル開発と新技術のもたらす変化に対応するためのインドの使用者団体(EO)の役割

(1) エンプロイアビリティを高める労働者のスキル開発

新技術によって、新たな雇用が生み出され、既存の雇用は奪われる。労働者は雇用の変化に対応するため、新しいスキルを身につける必要がある。開発途上国や低開発国では、技術開発において先進国と比べて遅れをとりがちなため、労働者のスキルも陳腐化しやすい。熟練した労働者の存在そのものは、雇用市場の創出につながる。インドにおいても、IT産業の成功により400万人の直接・間接雇用につながった。しかし、新技術および自動化により2021年までにITに従事する労働力は14%削減されると予測され、労働者のスキルを更新し続けることが大きな課題となっている。

今日、世界では技術分野における雇用の90%がスキルを基盤としている。一方、インドのIT以外のセクターでは、スキル訓練と職業訓練は今日の世界が求める水準に追いついていない。結果、職業訓練・学習プログラムを選択するインド学生は10%に満たない。これに対し、世界では学生の60~80%が職業訓練・学習プログラムを選択している。インドでは明らかに学問の教育に偏っており、この傾向を逆にする必要がある。

しかし、インドのエンプロイアビリティの危機は、単に関連職業訓練の欠如というよりは、もっと深いところ、基礎の弱いインドの教育制度の隙間に根ざしている。急速に変化するインドの雇用市場のニーズと、今いる労働者のスキルの差は広がるばかりであり、憂慮すべきことである。技術体系の変化・自動化技術の進展により多くの仕事がなくなり、企業は次世代の仕事に懸命に取り組んでいる。

雇用なき成長および雇用減少という既存のシナリオの中で、産業界、特に高度な技術を活用するセクターでは深刻なスキル・ミスマッチまたはスキル・ギャップの問題に直面している。大学のカリキュラムと産業界の期待の格差はスキル・ギャップの主な原因となっており、インド経済に多大な損失をもたらしている。エンプロイアビリティにつながるスキルの欠如が問題となっている。

コンサルタント会社Korn Ferryの調査によれば、2030年までに、主要な発展途上国および先進国合計20か国で、8,520万人の人材が不足すると予測される。その時点で、インドでは2.453億人の熟練労働者が余剰となると予測される。これは生産年齢人口と「スキル・インディア」のような進行中のスキル開発の取組みが労働者のスキルを押し上げると予測されているためである。

金融・技術・メディア・電気通信及び製造などの産業において、人材の余剰が見込まれている。労働者のエンプロイアビリティを高める取り組み及び雇用を創出する取り組みが必要である。

(2) 使用者団体(EO)の役割および方針

使用者団体(EO)は、新技術の企業への影響や従来の枠組みの破壊・その結果への対応など、新技術から生じる問題を扱う準備ができていない。これはEOが、労使交渉や生産性改善、苦情処理、構造調整、競争力、品質等の古くからの問題を扱ってきたためである。

インドの各EOが定期的にグローバル化の中で必要とされるスキル開発やHRに期待される役割に関するプログラムを実施しているが、組織の大きさやの資源の違いがあり、有益な効果を生み出していない。各EOは労働者のエンプロイアビリティの向上のため、スキル開発および徒弟訓練の研修に力を入れている。近年、徒弟訓練法が改正され、産業界にスキル及び人材の企業内開発への道が開かれた。AIOEは会員企業に改正の恩恵を最大限活用するよう勧めている。グローバル化の悪影響を軽減し適正な労働条件を保証するため、インドの各EOは、環境、男女差別、児童および強制労働に関するプログラムも実施している。