現地経営者・識者に聞くインドの人事労務と日本企業の課題 --インド人との付き合い方からインド式人事労務管理まで-- (2)

日本語通訳の仕事を通じてみたインド企業の労使関係

 

 

 

 

 

 

Ashok K. Chawla

 

National Institute of Science Communication and Information Resources

 

質問:日本や日本企業とのかかわりあいについて、簡単にチャウラさんのキャリアをご紹介ください。

 

1977年に日本語を学び、その後、鉄鋼会社で働き始めました。鉄鋼会社では4年くらい日本語の通訳にかかわりました。
その後、デリー大学で約1年間、日本語を教え、今の研究所に移りました。この仕事の一環として、いろいろな企業の通訳を手伝っています。
80年代はAOTS(現HIDA)のインドでの事業展開のお手伝い、海外セミナーや工場見学の通訳、また、日本能率協会の5Sや現場カイゼンなどのセミナーの通訳をやってきました。
最近は、日科技連のデミング賞の審査・診断の通訳やインドの政治家が日本を訪問するときや、日本の政治家がインドを訪問するときの通訳を主にやっております。

 

質問:私達はニューデリーに来る前にムンバイでMahindra & Mahindra Ltd.やGodrej & Boyce Mfg. Co., Ltd.を訪ねて、優良企業の工場現場を見学する機会を持ちました。両者とも日本の5Sやカイゼン活動が盛んで、まさにデミング賞を取ったり、あるいはこれから取ろうとしていました。こうした5Sやカイゼン活動がインドの企業全体に与えた影響は大きかったと見てよいのでしょうか。

 

5Sやカイゼン活動などがスタートしたのは、1970年代で北インドだったのですね。80年代に入り、南の方のTVSグループ等で普及しました。
90年代に入り、インド全国いろいろな企業で、特に日系企業と商取引のある企業で発展しました。
最近では5Sやカイゼン活動からTQMやTPMのほうに主要企業の活動が移っていく傾向が見られます。
今年、日科技連がデミング賞の審査を行ったのが5ヶ所、さらに2ヶ所予定されています。

 

質問:これは、TQMやTPMを含めたカイゼン活動のような日本的経営がインド企業の生産性の向上に資するものがあるという判断があるからでしょうか。

 

昔は、現場カイゼンとか5Sなどが評価されたんですが、TQMになるとなかなかすぐに効果が見えないので、あまり評価はされなかったんです。最近、Tata Steel LimitedとかTata Motors Limited、それからMahindra GroupがTQMの良さを理解し、全面的に導入しようとしています。
例えば、Mahindra Groupの場合には、TQMも自分達の新しいシステムMQW(Mahindra Quality Way)に変えて、インドバージョンと言ってもいい形にしてグループ全体に導入しています。
今では、インド企業も、TQMは、生産性ばかりでなく、全体的に企業活動の効率効果をあげる活動として認識し、導入する段階に来ています。

 

質問:翻って、日本企業が最近、インドにかなり進出するようになり、様々な企業活動を行うようになっていますが、その一方、進出した企業はインドの労使関係はかなり難しいといった認識を持つようになったと思われますが。

 

まず、最近の労使関係というのは、そう悪くはないと私は思います。最近、労使関係が難しいと話題になったのはMaruti Suzuki India Limitedのストや事件の件で評判が落ちているからだと思いますが、それは例外と考えたほうがいいと私は思うんですね。
現地の新聞で報道されているように政治的な要素もあったでしょう。ただ、インド全体で見ると労使関係はそう悪くはないと私は思います。
インドでの労使問題について一般的に言って気をつけるべきことは、工場のワーカーを人間としてどのように取り扱うのかということにつきると思います。また文化的な面もあります。
インドと一口に言っても地域によって、また都市部か農村部かによっても人の考え方は違いますし、社会的、政治的背景も異なります。それらを熟知したインド人の人事管理専門家によく管理させることが重要と思います。

インドの優良会社の展示館にもカイゼン活動に関連する写真が飾ってある

 

質問:ムンバイのセミナーで日本の非正規雇用の実情についてかなり質問が集中し驚きました。
インドでも非正規雇用の一形態である契約ワーカーとのバランスや格差は問題になっているのでしょうか。

 

昔は、契約ワーカーの割合は一割に満たなかったのです。今は、5割以上のところもあるのです。正規ワーカーの給料は契約ワーカーの給料の倍ぐらい行くので、どうしても不満が出てきます。よくケアされていると感じている場合はうまくいくのですが、そういう感じがしないときに問題になるケースがあります。
それから、正規社員にする場合、一定期間、試用期間として社員を見るわけですが、その期間が長く、そこがうまく理解されていない場合にトラブルになるケースがあります。

 

質問:インドではリクルートする際でも、一度雇用してしまうと解雇するのがなかなか難しいので試用期間が長いのですね。

 

その正規社員になるまでの試用期間というのは、インドでは各企業によって異なるのでしょうか。試用期間の決まりはないのですか。

最低は、たぶん試用期間は6ヶ月はあると思うのですが、企業によって決めていいので、1年とか2年にする場合もあります。
もう少しリクルートする社員を見たいということで試用期間を延ばしてしまう場合もあります。この期間を上手に使って労働者を適切に育てれば良いですが、研修の充実・実施レベルは会社によって違います。

 

質問:私達はまだインドの優良企業を十分に見ているとはいえませんが、何社かの見学で非常に感銘を受けたのは、企業が社員だけではなくて社員の家族やさらに社員が住んでいる地域の住民をケアしていることです。しかも、社員をボランティア活動への参加を促すことで社員を巻き込んだ活動を戦略として考えていることでした。

 

CSR(Corporate Social Responsibility)、つまり社会への貢献ということは、インドでは最近よく聞きます。
工場の近隣地域の貧しい人たちとか教育が十分に受けられない人たちに貢献する活動を、普通にインドの会社は行っています。社会への貢献という考え方自体はそもそも昔からあったようです。

これに加えて、お父さんがどんな仕事をしているのか、家族のメンバーが会社に来て見学したり、一緒にピクニックに行ったり、何か家族を巻き込んだ活動をやっておくと、非常にコミュニケーションがよくなり、「きずな」ができるんですね。
そういうことをやっていくことにより、労使関係が安定するというのが、今のインド人の考え方なんです。
会社の中にいると社員はどうしてもストレスがたまるんですね。ストレスがたまるものだという前提で、インドのどんな会社でも家族を巻き込んだリフレッシュ活動を年に数回やって います。

 

質問:ありがとうございました。
(注:上記のインタビューの内容は、あくまでAshok K. Chawla氏の個人的な見解です。)