AOTS海外労働関係情報メールマガジン 第92号~第95号

Contents

    1.インドネシアを取り巻く環境と職業能力開発
    2.「プログラム実習制度」の課題
    3.職業訓練と産業界のニーズ
    4.使用者と労働者間の賃金や社会保障、保険等に関する議論

1. インドネシアを取り巻く環境と職業能力開発

(1) インダストリー4.0の到来とAPINDOの役割

インダストリー4.0は働き方や日々の業務、さらには得られる仕事を大きく変えることになる。第4次産業革命が時代にもたらすものは、迅速な情報伝達、インフラ開発を加速する3D印刷、DNAとロボット技術・AIを組み合わせた生物学的研究、さらにはEコマースとフィンテックの拡散であり、いずれもインドネシアの経済成長に大きな影響を与えるものである。一方、世界経済の先行きは不透明であり、その要因は米国、ロシア、中国、日本などの主要国が政策変更を打ち出していることにある。特に、米国は自由主義であったが、自国の経済を守ろうと保護主義に転換し始めているのに対し、もともと保護主義的な中国の社会共産主義者たちは自国製品の世界市場シェア拡大を図っている。このことが、この2国間に貿易戦争ともいえる状況を生み出している。
今日、インドネシアはこの激しい米中貿易戦争の渦中にある。経済状況が不透明な中で経済成長は鈍化しつつあり、中央レベルでの複雑な規制がそれに拍車をかけている。地域レベルの規制も国レベルを含む他の規制との相乗効果を生むまでには至っていない。新たな事業主の創出や外注システムの見直し、BPJS(社会保障実施機関)による医療保障および労働社会保障の改正、専門職の資格制度、コストの合理化など、インドネシアが直面する課題はますます複雑化している。

(2) APINDOによる政府と連携した職業訓練および実習プログラムの開発

APINDOは政府と使用者双方のパートナーとしての立ち位置を取っている。というのも、第4次産業革命の時代に向き合うためには、この2者が互いに助け合うことが必要とされるからである。第4次産業革命は生活のあらゆる側面を対象とし、現代に生きる誰もが確実に影響を受ける。使用者、政府、労働者はこの課題に自分たちだけで立ち向かうことはできないのである。APINDOは政府と協力して職業訓練プログラムを開発している。インドネシアでは毎年300万人の新たな労働人口が創出されているが、データによれば職業訓練学校の卒業生は需要ベースでせいぜい5万人、職業訓練センターの修了生は25万人である。これらを合わせても30万人で、新たな労働者の10%に過ぎず、残りは小・中学校や高校、大学の新卒者である。ILOの報告書によれば、労働者の半数に学んだことと実際の仕事の内容のミスマッチが起こっているという。政府は毎年400兆ルピアの予算を教育に充てているが、教育の質はまだ極めて低い。このような状況に対し、教育の中でも特に職業訓練や企業内での実習プログラムの質を改善するべく政府をサポートするのがAPINDOの役割である。

2. 「プログラム実習制度」の課題

プログラム実習制度は、企業と政府又は民間の職業訓練機関とが協力し、労働者に企業で働きながら技能を身につけてもらう制度である。参加中の実習生には手当と交通費が支給される。実習期間は最大1年。
各企業が独自に設定した職業訓練基準を満たすことができれば修了証が与えられ、実習を受けた企業や同業他社に就職する道や、独立自営業者になる道が開ける。企業内でのプログラム実習制度は、実習生が企業での経験を積み職業能力を身につけることが出来るとして評価される一方で、その活用には多くの課題がある。以下の3点が主な課題である。

(1) 実習生の勤務時間に関する規制の問題

特に24時間の勤務体制を取るホテル業界における実習生のシフト勤務時間や残業時間に関するものに多くの課題がある。

(2) 実習生のなり手不足

カラワン県とブカシ県で初めて立ち上げられたパイロットプロジェクトでは多くの実習生が採用されると見込まれた。ところが、プロジェクトが始まると実際に企業で採用してもらえる実習生の数は少なく、まとめて50人を探すことも困難であった。労働局によればカラワン県で実習生として見込まれる者はわずか30名だという。業界が求める要件を満たす実習生を確保するための方策が必要である。また、企業の要件を満たさない者、例えば小学校又は中学校卒業レベルの者をどう扱うか、企業の受け入れ態勢も含めて大きな課題である。

(3) 異なる業界に合わせたカリキュラムの開発

 

インドネシア中央統計局の労働力人口調査によれば、最終学歴が小学校・中学校の労働者は全労働人口の約60%で全体の過半数を占めている。その理由として、彼らは働けるのであれば仕事を選ばないため、失業するケースが少ないことが考えられる。反対に、失業者のデータを見ると、そのほとんどが雑用的な仕事はしたくないなどといった職業訓練学校の卒業生である。また、インドネシア産業界において重要な問題とされているのは5%という労働生産性の向上率の低さである。賃金が2011年から2016年まで常に前年度比100%以上で上昇していることを考えると、この2つの数値は明らかに不均衡である。プログラム実習制度によって、労働生産性を20~30%向上できると期待されている。
プログラム実習制度においては企業が適切なインフラを、また政府が講師やカリキュラムを提供することが必要である。規制によって労働(実習)時間が限られているのであれば、実習生は企業の活動を見学するだけでなく製品の生産活動にも携わり、その製品も評価されるべきである。

3. 職業訓練と産業界のニーズ

プログラム実習制度(企業内インターン)はそれぞれの産業界のニーズに合ったものにする必要がある。
プログラム実習制度を通じて、実習生は各自の能力に合致する資格が与えられる。また、各業界においては将来の環境変化やそれに伴う混乱の影響を踏まえた産業転換のロードマップを策定することが求められており、その中で労働力のニーズも予測可能となる。
 
業界が求める人材を育成するプログラムの構築には、職業訓練の中で既存のスキルに関するもの、将来のスキルに関するものの2つを検討する必要がある。その現実的な例が2025年には自動車が完全に電動化され、エンジンを使わずにバッテリーのみで駆動するようになると想定される自動車業界である。これは電気産業を変革するとともに、自動車産業にも大きな影響を与え、必要な人員も減ると考えられる。そうなった場合、減らされた労働力をどうすべきか?余剰人員は解雇され、失業者となるのだろうか?それともスキルアップを図り、そのスキルを必要とする業界に移ることができるだろうか?例えば、電気自動車と従来の車とでは販売方法が異なるはずである。つまり、業界が変わるのに合わせて、新たな営業スキルの習得が必要になるのである。
 
これは人材育成と業界ニーズが密接に関係していることを示している。新たな労働者が技術的に後れを取ることがないようにする必要がある。
 
地方の職業委員会(Vocational Committee)は業界のニーズに合わせて人員配置計画を調整することを目的に設置されている機関であり、地方間およびセクター間の労働力の調整をする役割も担う。必要とされる有望な人材の発掘にも取り組んでおり、将来必要なスキルを有する労働者を確保するために以下の3つを行っている。
 
(1) 人材開発、必要なスキル習得のための訓練
(2) 海外でスキルを習得して帰国する人材探し
(3) スキルを有する外国人の受け入れ(これは苦渋の選択であるが)
 
職業委員会の他にも産業協会(Industry Council)という機関があり、業界トレンドを分析して提供するほか、業界の競争力を維持し、他国との連携を促進している。
 
教育の質の向上のためには、仕事を探す際に今の職場を離れることを恐れずにスキルアップを図れるよう、そのための資金を確保しなければならない。そこで必要になるのが失業保険の導入である。人材の雇用や解雇が容易になり、昇給も毎年必須のものではなく能力の向上に合わせて行うことができる。従業員の給料が年々上がっていけば企業は倒産に追い込まれる。インドネシアが良好に経済成長を遂げていくためにも、労働者、使用者、政府がそれぞれ成長できるような経済のエコシステムの構築が不可欠である。APINDOの活動もそのためのものであり、加盟企業はこの職業訓練・プログラム実習制度の拡大に貢献することで積極的な役割を果たすことができる。

4. 使用者と労働者間の賃金や社会保障、保険等に関する議論

自動化やロボット・AIの活用は、雇用を喪失させる一方、新たなタイプの雇用を創出するだろう。産業のデジタル化の進行とともに雇用関係の在り方も改めて見直す必要がある。PKWT(契約社員向け雇用契約書)やPKWTT(正社員向け雇用契約書)だけでなく、配車アプリを運営するgojekやgrabなどのように個人事業者と業務提携契約を結ぶ形態も登場している。勤務時間が通常の朝から夕方までではなく柔軟に設定される提携契約の形態が増える中、働いた分が相応の収入につながるよう一貫性のあるプログラムや政策ルールが必要である。賃金体系の決定についても検討すべきで、UMP(州最低賃金)、UMSP(州産業別最低賃金)、UMK(県/市最低賃金)、UMSK(県/市産業別最低賃金)の各最低賃金は見直しが求められる。
 
賃金規定の策定に積極的に貢献することはステークホルダー全員の役割である。賃金は職種、雇用契約の形態、業務内容、手段、勤務場所、勤務時間、設備およびインフラなど様々な要因で決定されるものであり、月単位の賃金の算出が適さないケースも考えられる。
 
賃金に対する戦略的コンセプトにおいては、労働者保護の視点はあるものの、使用者の意図、雇用の拡大、そして地域および国全体の経済成長を常に考慮する必要がある。つまり、賃金を労働者の福祉システムの一部としてより包括的な文脈から検討しなければならない。最終的に労働者の豊かさは賃金だけで実現されるものではなく、企業の社会保障システムや教育・医療における国の施策も必要であり、その財源の大半は法人税から拠出されている。しかし、この先最低賃金が上昇することになれば地方の経済力に影響を及ぼすことが想定される。
 
失業保険も必要である。その財源は使用者の負担ではなく退職金や老齢保障年金から拠出することが妥当であり、政府はその管理や関連業務の実施に直接関与すべきである。失業保険によって労働者の収入を支え、失業した労働者に教育や職業訓練の機会を提供できれば、こうした労働者のスキルアップがそれを必要とする業界での新たな雇用創出につながるのである。
 
使用者は、政府が最低賃金決定のメカニズムを導入し、セーフティネットとして運用することを望んでいる。(最低賃金ではない)賃金(給料)は、各企業における生産性レベルに基づいた業績を算出して交渉を行う。その際、生産性レベル向上のための企業の設備投資(人的資源以外)における変化や、人的資源の貢献を反映させるために算出する全要素生産性(TFP)などが考慮される。
APINDOでは、賃金はそれぞれの企業で事業計画の段階で使用者と労働者の二者協議において決定されるよう推奨している。これには次の目的がある。
 
・ 賃金決定メカニズムにおけるセクター毎のデータと集計されたデータの偏りを最小化する。
・ 賃金決定のメカニズムにおける政治的要素を減らす。
 
生産性レベルやその他のデータの算出方法について企業がデータを開示することは、事業計画の段階で賃金交渉の枠組みの基盤を構築するためにも必要である。労働者の職業訓練の枠組みについてもこうした企業データを適切、正確に分析することができる。これは計画段階の交渉の枠組みがスムーズに機能し、労働者と使用者の妥協点を見出すためにも極めて重要である。企業別、セクター別、そして全体での企業の生産性データの正確さは賃金決定メカニズムを議論するための極めて重要な土台であり、ステークホルダーすべての利益につながるものである。