AOTS海外労働関係情報メールマガジン 第96号~第99号

Contents

    1.スリランカの労働市場
    2.グローバリゼーションと新技術
    3.スリランカの労働市場の変化が労使関係・HRMに及ぼす影響
    4.スリランカの労働市場や労使関係・HRMの変化と課題に対する使用者の取り組み

1. スリランカの労働市場

(1) スリランカの労働市場概況

2017年、スリランカの人口は2016年と同様に1.1%増加した。総人口のうち、男性は1,040万人(48.4%)、女性は1,110万人(51.6%)である。2018年4-6月期時点で労働力人口は約830万人、就業率は51.1%であった。非労働力人口は約800万人で、このうち26.1%が男性、73.9%が女性である。同期の失業率は4.6%で、全体としては低い水準にあるものの、若者や、教育を受けた質の高い労働者、女性の失業率は高止まりしている。

スリランカにおける就業者の内訳は以下の通りである(2018年4-6月期)。
就業者 合計 7,970,154人 
 内訳:
  被雇用者        4,730,029人
  (うち公共セクター 1,259,753人、民間セクター 3,470,276人)
  雇用主               205,251人
  自営業者        2,562,401人
  家族従業者       472,473人

民間セクターの被雇用者が占める割合が最も大きく、これに自営業者が続く。スリランカの就業者合計約800万人弱のうち、実に256万人超えを自営業者が占めている点は注目に値する。

(2) 民間セクター 就業者の業種別・職業別の割合

民間セクターの就業者総数は、約500万人と推定される。このうち最も大きな割合を占めるのはサービス業である。職種別では、「サービス・販売従事者(28.8%)」が最も多く、これに「単純作業の従事者(16.9%)」、「設備・機械の運転・組立工(14.6%)」、「事務補助員(10.5%)」が続く。これらは熟練または準熟練に分類される労働者である。「管理職」「専門職」「準専門職」の割合は低く、それぞれ7.8%、8.6%、6.2%であった。

2. グローバリゼーションと新技術

(1) グローバリゼーションの潮流

スリランカのほぼすべての業種において、多様なグローバリゼーションの潮流が見て取れる。そのなかでも検討に値するのは、スリランカ経済でも重要な役割を担っている衣料品産業であろう。1977年に対外経済開放政策が導入されて以降、衣料品産業は、スリランカの総輸出収入の約65%を占めるまでに成長した。1992年以降は、最大の外貨獲得産業ともなっている。グローバリゼーションを背景に、スリランカは衣料品生産を拡大し、対外経済開放政策によって広がった市場の恩恵を享受してきた。

スリランカの衣料品産業を力強く支える役割を果たしてきたのは、グローバリゼーションの流れに乗ってスリランカに進出した多国籍企業である。グローバリゼーションは衣料品産業に技術進歩をもたらし、生産時間やコストを削減した。

既製服の製造工程はすでにオートメーション化されており、今後も工程の精度と生産性の向上、生産量の拡大が見込まれる。一方で技術改良は、労働者雇用の抑制にも繋がっている。人間の労働力は、品質保証や研究・開発目的に限定されて活用されているといえる。

プランテーション産業では、グローバリゼーションによって希望と課題が生じている。新たな収穫技術の導入は、良質な作物の生産を可能としただけでなく、生産性の向上にも寄与した。また部分的ながら機械化が進んだことは、労働力の削減につながっている。グローバリゼーションは新たな市場をもたらし、新技術の活用による生産量の拡大を可能とした。

(2) 情報通信技術(ICT)の進歩がもたらす影響

過去20年間は、ICTの急速な進歩が、銀行をはじめとする金融業全体に大きな影響をもたらしており、銀行業界は、ICT技術の進歩によって最大の恩恵を受けている業種と言えよう。ATMの導入によって、顧客の利便性が向上しただけでなく、コストの削減にもつながった。ATMが設置されるまでは、預金の引き出しや預け入れ、残高照会、口座間振替を行うために、銀行員と顧客が対面でやり取りする必要があった。銀行は顧客向けに、スマートフォンでの取引が可能となるモバイルアプリやe-バンキング・システムを導入し、これらも顧客・銀行の双方にとって時間とコストを削減した。こうした状況を受けて、近い将来、銀行業界においてさらなる労働力が削減される可能性がある。

スリランカの最大手民間銀行Sampath Bankは、人間の形をしたロボットの出納係を導入した。この人型のロボット出納係は英語を話し理解することができ、さらに、現金引き出しや残高照会、為替・金利・ローン・クレジットカード関連業務、口座開設に関する情報提供という7つの業務を行うことができる。数ヵ月以内にシンハラ語とタミル語にも対応する予定である。

銀行業界がICTイノベーションを実際の業務に取り込む一方、スリランカ輸出促進庁(EDB)は、輸出業者や中小企業を対象に、電子商取引への意識を高める取り組みを進めている。デジタル貿易を通じて輸出競争力を向上させ、2020年までに輸出額を200億ドルに押し上げることが目標である。EDBは国内の輸出業者が世界の貿易相手との関係を構築する場として、専用のポータルサイトを開設した(www.srilankaservicexport.com)。

また、「ギグ・エコノミー(インターネット経由で、単発・短期の仕事を請け負う就業形態)」の波も押し寄せつつある。”PickMe“や”Uber“などオンラインのタクシー配車サービスに代表されるようなこれまでとは異なる就労形態が広がりつつあり、テレワークや在宅勤務のような働き方も増えつつある。この種の就労形態で使用されている先進技術は、従来の「職場」をバーチャルな職場へと変貌させた。こうした変革を受けて、労使関係、HRM分野において幾つかの課題が生じている。

3. スリランカの労働市場の変化が労使関係・HRMに及ぼす影響

地政学的な観点から見ると、スリランカのような途上国にとって、オートメーション化など先進的な技術が及ぼす影響は複雑かつ多様である。スリランカは、技術を身につけた有能な労働力を低賃金で雇用することができることに競争優位がある国だ。そのため、オートメーション化やロボティクスの導入によって省力化と雇用削減が進めば、スリランカのこうした競争優位に対する直接の脅威となり得る。

オートメーション化や先進技術が進むことによって、様々なスキルが必要となり、それらに対応できるスキルを身につけた労働者が不足している。スリランカセンサス統計庁の「労働力需要調査」(2017年)では、労働者の技能に関して、国内に大きなミスマッチがあることが明らかとなった。求人する側と求職者側で大きなスキルのミスマッチがあり、国内の労働力不足につながっている。また、この調査では、2017年6月時点で約50万人という労働力不足の解消が難しい主な理由は、特定の職種に関心を持つ労働者の不足、使用者間の激しい労働者獲得競争、高賃金の要求、必要とされる資質を十分の備えた求職者の不足であると分析している。

いずれにせよ国内の労働市場では、労働者の技能に関して需要と供給のミスマッチが存在し、そうした状況にある業種では、成長のために必要な労働力が確保できていない。この点、適切な技能習得プログラムを通じて、失業者を効率的に活用することは可能だろう。また、生産性の伸びを維持するためには、労働者が、継続的な能力開発プログラムを通じて仕事の能率を高めることも重要である。こうした活動は将来的に、工業やサービス業の競争力維持に役立つものと考えられる。

だが同時に、新技術の導入を企業規模で包括的に進める必要がある。各従業員がこれに対応するだけでなく、社内のすべてのシステムやプロセスを技術に合わせて調整することで、企業はその戦略的方向性を実現できる。

国内の雇用形態が構造的な変化を遂げていることもあって、労働需要の内容が変化しているほか、急速な技術革新によって特定の職業が消えつつある。そのため労働者は、技能レベルを向上させる必要がある。

(1) 労働市場と労使関係・HRMにおける潮流

i)    グローバリゼーションと急速な技術革新を背景とする競争の激化によって、先進工業国の多くの職が失われる一方、様々な技能を有する労働者や、知識労働者には好機が生じている。

ii)    グローバリゼーションと技術革新によって、世界の様々な地域で機動的な働き方をすることが可能となった。スリランカは中東諸国への出稼ぎ労働が多く、その半分以上が女性である。これら出稼ぎ労働者からの送金は、国の発展を支えている。また、高度なスキルを有する労働者はより高賃金の雇用を求めて国外に流出してしまう。 

iii)    職場、労働者、働き方に対する伝統的な考え方が廃れつつある。スリランカでも、「終身」雇用契約で働く労働者が減り、業務委託、契約労働、フリーランス、コンサルタント、下請け、パートタイム、臨時、在宅など、様々な就労形態が増えている。こうした多様な形態を通じて、複数の仕事に従事する労働者も増加している。

iv)    グローバル規模の生産システムは、ICT革命がなければ実現し得なかった。ICT革命は、製品やサービスの提供方法も変革した。

v)     労働者は海外で通用する能力を身につけ、企業は投資障壁の緩和によって、他国への事業移転が容易に行えるようになった。これにより労使間で厳しい交渉が行われる場面が減った。

vi)     女性の労働人口の急増も、労働市場に影響を及ぼしている。差別やセクハラの防止、パートタイム労働、保育施設の設置等、新たな政策を導入し、法整備を行う必要性が生じるなど、労使関係やHRMのあり方にも影響が及んでいる。

vii)     高度な専門性や技術を有する労働者が誕生しつつある。こうした労働者は、熟練度の低い労働者と比較して、集団的な労使関係への関心が薄い。

viii)     多くの職種では、もはや特定の場所で仕事に従事する必要がなくなってきたことから、「組織(会社)のために」働くものの、「組織(会社)の中で」働かない労働者の数が増えていくと見られる。

ix)     従来の労使関係やHRMでは、これらの変化(労働者の実績や技能に報いる様々な種類の雇用契約や賃金体系の調整)に対応するのが難しい。

4. スリランカの労働市場や労使関係・HRMの変化と課題に対する使用者の取り組み

グローバリゼーションと新技術の活用による影響が広がるなか、使用者・企業は様々な方策を実践している。

a) 生産の海外移転

企業は、コストを削減し、各国の顧客や地域市場への感度を高めるために、海外に生産を移転しつつある。スリランカは、諸外国企業の生産施設移転の受け皿となるケースが多かったが、最近では国内企業が海外に移転し、新たに生産施設を設置する例も見られる。

b) 外注・業務委託

企業は、外注・業務委託によって、自社のコア・コンピテンシー(中核となる能力)分野に集中し、生産性・競争力のさらなる向上が実現できることをすでに認識している。技術の進歩によって、企業は製品や部品の生産だけでなく、コンピュータ・ソフトウェアや金融のサービスなど、一部サービス業務をも外部に委託することが可能となった。世界ではBPO産業が急成長しており、スリランカでも同産業やコンピュータ・ソフトウェア産業などが今後拡大する可能性がある。

c) 生産性・品質の向上を重視

企業は業績拡大のための様々な戦略を採用している。なかでも多国籍企業は、常に自社の有する世界中の生産施設の状況を比較し、それぞれの施設が他の施設と同じ生産性・品質を維持できているかを特に重要視している。

d) 新たな技術の導入

各社は、世界市場で競争力を維持するために、新たな技術の導入に重点を置いた方策を講じている。しかし一部の企業にとっては、その実現に必要な設備投資費用が重荷となっている。

e) 労働組合による団体交渉が、国・産業レベルから企業レベルにシフト

業務体制やフレックスタイム、能力・職能給など、雇用関係に絡む問題は、職場に関する問題としての側面が強くなっているため、企業レベルで対応すべきである、と使用者は考えている。スリランカでもここ10~20年間に、銀行や商業などで、業種/産業ごとの交渉から企業別の交渉にシフトする動きが見られた。プランテーション・セクターでは、企業レベルでの交渉に向けて幾分圧力が高まっているものの、今のところ産業レベルで交渉が行われている。

f) 労働力の削減と再教育

グローバリゼーションと新技術導入を背景に生じた課題への対処では、労働力の削減と労働者の再教育が重要な役割を果たしている。その結果、多くの労働者がこれまで享受してきた雇用の安定性が失われつつある。労働者の再教育は必要不可欠なものとなっており、就労期間中に繰り返し行われるようになった。

g) 雇用関係の柔軟化

企業が雇用関係を柔軟化し、市場の変化に迅速に対応する能力を高めるためには、フレックスタイム制やパートタイム制の導入、多様な種類の雇用契約の導入、業務内容の柔軟化(細分化された職種や職休の廃止と労働者へのマルチスキル習得奨励)、報酬の一部をチームや個人の実績に応じて支払う変動報酬制の導入などの方策が必要となる。

h) 例外的な状況における雇用条件の引き下げ

自社が経営難に陥っている場合など、例外的な状況では、使用者は労働交渉において一定の譲歩を示しつつ、雇用条件を引き下げている。交渉の目的は、雇用条件の引き下げまたは凍結か、就業規則の変更である。